風に揺れるのは栗色の長い髪。

レオナは風になびく髪を押さえて木でできた道案内の立て札を見た。

立て札の矢印は1つの道を指している。

‘この先、レノール’

レオナはその道に向かって真っ直ぐに歩いていった。

 

 

第十六章 〜抗えぬ運命〜

 

 

「サクラさん、準備終わったんですか?」

荷物の整理をしているサクラにリョウは声をかける。

「うん、さっき買い物から帰ってきたとこ。ここらへん物価が安くてさぁ。

予定よりも沢山買えたし。荷物の整理が大変だ。」

「手伝います。」

リョウはそう言うとサクラの横にしゃがみ、荷物の整理を始める。

使いかけの薬とかあるけど、これはもう処分したほうがいい気がする。

変色している塗り薬を見つけてリョウはそう思った。

「すみません、サクラさん。買い物任せてしまって・・・。僕も一緒に行けばよかった。」

「いいよ、全然。リョウ君疲れてたみたいだし〜。僕のほうは平気だったし。どう?少しは休めた?」

荷物の整理の手を休めずにサクラは言う。

これは、まだ使えるかな〜と言いながら次々に袋から荷物を出していく。

それを見ながらリョウはありがとうございますと微笑んだ。

サクラさんは、優しい人だ。

飄々としてるように見えるけど、実はいろんな所を見てくれている。

サクラさんが一緒に旅をしてくれて良かった・・。

 

「荷物の整理手伝おうか?リョウ。」

蒼い髪が風に揺れる。

ルカ・ネオタールだ。

サクラがそっち頼むよ〜と言って近くにあった買い物袋を指差した。

「悪いよ、ルカ。」

「いいよ、全然、気にしないで?」

そう言って彼女は中身を袋から出していく。

食料品と雑貨類とに分け始めた。

旅一座にいるだけに彼女の手際はかなりのものだ。

リョウがまだ半分しか整理が終わっていないにも関わらずルカは袋1つ分を綺麗に空にしてしまった。

ご丁寧に食料品は別の小さな布袋に入れて縛ってくれている。

「はいっ!おしまい。」

そう言ってルカは手をパチンと叩く。

「ん。僕も終了〜。」

サクラも、ふーっと息を吐いた。

サクラの荷物も綺麗に分類されている。

これなら必要な時にすぐに取り出すことができるだろう。

リョウだけがもたもたと整理をしているのを見てサクラが声をかける。

「手伝おうか?」

「いいです。」

これだけは、自分で終わらせねば。

リョウは自分の前に広がる荷物を見て誓った。

少し、片付けの方法を勉強してみようか・・・。

 

 

「リョウ君が荷物整理終えて、少ししたら出発しようか〜。馬車で行ったら割と早く着くだろうし。」

サクラが地図を見ながら言う。

団員の少女から貰ったあの地図だ。

ポケットサイズというのが気に入ったらしく、サクラはもうその地図に書き込みをしている。

「馬車に乗ったら村に到着するまで、また休めますしね。」

サクラにも休息が必要だ。買い物は思ったより労力を使う。彼も疲れているだろう。

リョウは彼に向かって言った。

「ありがと。」

サクラもそんなリョウの言葉に笑顔を見せた。

対してルカは何か沈んだ表情だ。

「ルカ?どうしたの?」

思わず問いかける。具合でも悪いのだろうか・・?

「え!? ううん、何でもないよ。ありがとう。」

我に返りルカは慌てて笑顔を作る。

しかし、リョウはまだ不安そうに彼女を見ていた。

気づかれては、いけない・・・・。

ルカは服の裾を握り締めると笑顔を見せる。

「本当に、大丈夫だから。心配、しないで?」

 

 

 

ルカは一座の馬車に入っていった。

リョウ達に何かお土産を渡したい。

彼らに勧めたあのお茶・・・気分をリラックスさせるというあの薬草のお茶はどうだろうか。

袋の中をごそごそと探していると、後ろに気配を感じた。

振り返ると団員の1人である、あの金髪の少女。

「あの人達・・・もうすぐ行くんだ。」

その少女はぽつりと言った。

「うん・・・。」

ルカは俯いて答える。

彼女の中にはまだ1つの感情が渦巻いていた。

それは、すまないという気持ち・・・。

ずっとずっと心の中にひっかかっている。

目の前の少女と顔を合わすことが出来ない。

「大丈夫だよ!このまま黙ってたら、上手くいくって。」

「・・・。」

少女の明るい言葉とは裏腹にルカは何も言うことが出来ない。

リョウ達は、行ってしまう・・・。

自分たちが教えた嘘の情報を信じて。

「・・・・後悔してるの?」

「!!」

少女の言葉にはっと顔を上げる。

後悔・・?

「いいじゃない!このまま行かせたって!!ルカには何の関係もないよ!」

関係がない・・・?本当にそうだろうか。

「このまま彼らを旅立たせたらまた、普通に私たちは過ごせるんだよ!?それでいいじゃない!」

そうだ・・普通に平穏に穏やかに、また次の場所で私たちは公演して、踊って・・・。

「私は・・・嫌だよ。だって、このままあの人達がここにいたら、

ルカが・・ルカが死んでしまうかもしれない!殺されてしまうかもしれない!!」

彼女の言葉がルカの胸をついた。

「いや・・・やだよ。ルカが死ぬのは・・やだよ。」

少女は俯く。

涙が出ないように必死でこらえているのがルカには痛いほど分かった。

「ん・・ありがと。」

ルカは震える友人の肩にそっと手を置いた。

「私、ここにいるよ? リョウのとこに行ってくる。ほら、お土産、渡さなきゃいけないしね。」

にっこり笑うとルカは馬車を降りた。

 

そうだ・・・彼らが旅立てばいい。

ここで別れればいい。

そうすれば・・・・。

 

「リョウ!」

ルカは馬車から少し離れた所で待っている少年たちに声をかけた。

「ルカ・・何?渡したいものって。」

「これ・・。」

そう言って彼女は小さな包みを彼に手渡す。

「ほら、あのお茶。ファインリーベっていうの。気分が落ち着くから・・。よかったら飲んで?」

包みからは優しい薬草の香りがただよう。

そう言って彼女は2人に微笑んだ。

「ありがとうルカ! また・・会えるかな?」

リョウのその言葉にルカは一瞬息を呑む。

 

彼らが旅立てばいい・・・。

ここで別れればいい。

そうすれば・・・・。

 

「うん!また会えるよ!」

 

 

また、平穏な時間が戻ってくる・・・。

 

 

旅立つリョウ達を見送りながらルカは手を振った。

彼らの姿が見えなくなるまでずっと、ずっと・・・。

少年たちの姿が小さくなると彼女はせきを切ったように嗚咽する。

涙が止まらない。

息が苦しい。

彼女が子供のように泣きじゃくっていることをリョウは知らない。

 

ルカはワンピースの襟の部分を少し下げ、自分の鎖骨の所に目をやる。

十字架の形の痣が確かにそこにあった・・・。

 

 

 

 

 

第十六章〜抗えぬ運命〜 Fin